働かなくてもいい社会を  実現するには?

人間が仕事をしなくても社会がまわる現実的なしくみについて書いていきます。

国民が政府の財布をにぎれ!!

 

 

 

企業の製品を買うかどうかは消費者が選ぶことができる。

 

税金を支払うかどうかを国民は選ぶことができない。

 

 

 

もし国家の運営がビジネスになったらどうなる?

 つまりは、税金を納めるかどうかを国民が決めることができたら?

国民が(政治家・官僚・利権屋ではなく)必要だと思ったらお金を出す。

国民が廃止したいと思ったら、お金は出さない。

 

 

こうなると立場が逆転してしまうだろう。

 

政治家 > 国民 (法律で義務、強制)

国民 > 政治家 (自由選択、払わないもアリ)

 

 

政府が国民の意見を聞かないときは

企業を不買運動で追いつめるように

政府に税金を納めず、財政的に追いつめる。

 

 

 

というか

もし納税が義務ではなくなったら

国民がみんな税金を納めなくなりそう(笑)

 

 

みんな義務とか延滞金とかがイヤだから

税金を払っているだけで、

実際に払わなくてもOKになったら

一瞬で政治家に支払われるお金はゼロになりそう。

 

 

そのくらい今の政治システムは

国民から不信感が根強い。

 

 

義務という言葉、強制という言葉は

 

「自分の提供するサービスは義務ではなくなったら

成り立ちません...

それほど魅力がなく支持されていません...」

 

と言っていることと同じ。

 

 

もし本当に強い、支持されているなら

義務ではなくなってもやっていけるはずだ。

 

 

 

義務といえばNHKの受信料。 

それこそNHKくらいの実力があれば

受信料をもらわなくても、広告での運営でやっていけるのでは。

 

 

他局のテレビ局みたいに

テレビの視聴は無料にして

広告会社をスポンサーとして

アナウンサーは給料をもらうみたいな、

三者間市場。(クリスアンダーソン著「フリー無料が生み出す新戦略」より)

 

 

ただこれだとまた広告会社、スポンサーの言いなりメディアに

なってしまうだろう。

 

 

だから政治家と国民の関係でも書いたように

テレビ局へ視聴者がお金を出す(支払う)かどうかを

選ぶ自由を持つべきだと思う。

 

 

視聴者 > テレビ局

 

民放各局は無料で見れるが、スポンサーたちに都合がよい放送しかしない。

ならば、有料であったとしても国民の言うことをきくテレビ番組があったほうが

いい。

 

視聴者がお金を払うかどうかを選べる、

つまり

視聴者がテレビ局の財布を握るのだ。

 

そして、お金を払うに値しなければ、そのテレビは自然淘汰される。

 

 

 

というかyoutubeとかネット動画は

ほとんど無料配信だよな。

 

番組を見ることが無料だと思っている人に

いらないと思われる内容で有料を要求して

お金を払ってもらえると思っているのだろうか?