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  働かなくてもいい社会を  実現するには?

人間が仕事をしなくても社会がまわる現実的なしくみについて書いていきます。

本当にそこに人型ロボットが必要か?

長崎県ハウステンボス
「変なホテル」というホテルがある。




ハウステンボスにオープンのロボットホテル「変なホテル」が公開! - YouTube

変なホテルのちゅーりーちゃん - YouTube


人件費、建設費、光熱費の3つを抑制する工夫を
凝らした「世界初のローコストホテル」である。

ロボットが受付をし、ロボットが荷物を運び、
ロボットが灯りを調節する。

そんな革新的な近未来の快適な体験を
1万円程度で満喫できる。



そもそも人型ロボットと
それ以外のロボット(以降マシンと呼ぶ)はそれぞれ
どういった特徴があり
どう違うのだろうか?

これはあくまでも私の意見だけど

「人型ロボットは手足があるのに対して、
マシンにはそれがない。」

ということだと思う。


例えば、

pepperASIMOはロボットだけど
3Dプリンターやスマホ、自動運転車はマシン」

という感じで分類する。




そして今回のテーマとして取りあげたいことは

「そもそもロボットにやらせるより
マシンにやらせた方がいいことが多い」

ということ。

具体的に言うと

「じょうろを持って花に水やりをするロボット」
を作るくらいなら
「花壇にあらかじめ自動制御の水やりシステム」
を作る方がいい。


「ロボットの手でモノを作らせる」より
3Dプリンターでモノを作らせる」方がいい。


「受付にロボットを置く」より
「タッチパネルで受付できるようにする」
方がいい。


「ロボットにロボット自身の手を使って掃除させる」より
「ルンバみたいに掃除専門のマシン」
にやらせた方がいい。


「自動運転の運転席に運転するための
ロボットを置く」より
「自動運転のシステム自体を車に組み込む」
方がいい。


「飲食店で接客ロボットにあちこち動き回らせる」
より
「寿司屋のベルトコンベア(!?)みたいに
自動的に食べ物が回ってくる仕組み」の方がいい。


「今、役所に公務員が500人いるとしたら、
代わりにその仕事をするロボットを
500台導入する」
より
「映画館の自動券売機のように人手を介さず
必要なものが手に入る自動化システム」
がある方がいい。


「政治家を全員ロボットにする」
より
「政治家自体を無くして、
政治家の役割である富の分配を
全員が平等に自動的に享受できるシステム」
を作る方がいい。





ここまでに書いたことで言いたいことは

「人間の労働をロボットに置き換える際に、
本当にここにロボットを置く必要があるか」

を考えることが大事なんだと思う。


「ロボットの小さな手で掃除させる」より
「デカイ面積を網羅できる自動掃除機」
の方がいいし


「受付にロボットを置く」より
「タッチパネルにして広くなった空間を有効活用」
した方がいい。

まぁ、ロボットのいる空間が注目の的になり
大きな話題となることはわかってはいるけど。


「ロボットの2本しかない小さな手で荷物を持ち、不安定な二足歩行で運んでもらう」より
「荷物運び専用のマシンで運ぶ」方がいい。


自動運転タクシーを呼んで運転席に
ロボットがいたら、1人座れない。

タクシー運転手と自動運転タクシーは
利用者が「乗り捨てOK」なのは共通しているけど

運転席に運転手がいるから
その分利用者が座れないタクシーと
運転手がいなくなり座れる席が1つ増えた
自動運転タクシーでは天地の差だ。



「本当にそこにロボットが必要か」を考えて
もたらされる変化とは
「空間の有効活用」なのではないかと私は思う。



タクシーが運転手不要な自動運転になれば
運転手が座っていた空間が
利用者の座る空間になる。


ホテルなどで受付に使っている空間を
タッチパネルに置き換えれば
もっと広い空間を利用者が使えるだろう。


タブレット、電子空間、ソフトウェアで仕事できる
情報処理のマシンは
空間の無駄をなくし空間をより広く使えるように
してくれるだろう。



反対にマシンが必要なところもある。

掃除や荷物運びをしてくれるマシンは
実際の現実空間に存在しなければ
仕事ができない。


空間が広くなれば
利用者の満足度も上がるし
マシンの稼働範囲も広がるはずだ。