働かなくてもいい社会を実現するには?

地球解放を目的とする組織「レジスタンスムーブメント」の公式ブログ「The Portal」の記事を翻訳しています。

今の当たり前が崩壊する「お金を必要としない社会」

 

お金のない社会は今の社会になれているとイメージしにくい。

 

以前、龍人さんのサイト「りゅうじんの独断と偏見(所有・お金編)」から引用して以下の記事を書いたことがある。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaryu/jinseishoyu.html

 

 

paradism.hatenablog.com

 

 

これと似たような状況を想像している

記事を発見したので紹介していく。

 

ひできの八ヶ岳ブログより引用

http://blog.goo.ne.jp/itoh19/e/c8b02064993a9c494ada81ea44bd0e49

 

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(中略)

 

もしお金が紙くず(無価値)になってしまったとき、私たちの社会はどうなってしまうのか?

 

もしそのときの為政者が物事の本質をとらえ、

 

その後に起こることを予見できる人であったなら、

 

私たちはスムーズに新たな社会に転換していくことができるだろう。

 

 

 

 

 

為政者はまず、戸惑う国民に対して、

 

「お金の出し入れは無いけれども、今まで通り働き、仕事をすること」

 

をお願いする。

 

次に、為政者は「所有」に関する簡単なルールを定める。

 

 

 

 

為政者:

 

これまでみなさんが「所有」していると考えていたものは、

 

これからはあなたに「管理を任されているもの」と考えてほしい。

 

あなたに「管理を任されているもの」については、

 

それを環境や景観、安全といった様々な面において、

 

それらを適切に管理する義務がある。

 

もし管理しきれないと考えるなら、それを管理できる人にゆずるか、

 

国や地方自治体に管理を移すこと。

 

また法律で、モノや土地の無駄な入手や他人が困るような

 

必要以上に確保することは禁止する。

 

国は資源、資産の社会全体への適切な配分を最優先していきたい。:

 

 

 

 

 

 

 

世の中には、広大な土地や建物、金銀財宝を蓄えている人がいるけど、

 

その管理は今までならお金で解決できた。

 

しかし、お金を使わなくなった社会では、自分で管理するか、

 

誰かにお願いする必要がある。

 

 

 

ところが、お願いしたからといって、誰もが簡単に仕事を

 

引き受けてくれるわけではない。

 

その仕事に価値があるのかどうか、頼む側の人に信頼があるのかどうかなど、

 

仕事を引き受けるかどうかは、相手の判断に委ねられる。

 

 

つまり、お金を使わなくなった社会では、莫大な財産を持つことは、

 

それに相当する管理の負担と責任を自らに強いることになるので、

 

財産を持つことが必ずしもいいことではなくなり、

 

自分が責任を持って管理できる範囲で、

 

必要なものを必要なだけといった暮らし方が最もふさわしい生活のスタイル

 

として定着してくるようになるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

これまで多くの人々は、お金のために働いてきた。

 

会社も売上をあげるために非常な努力をしてきた。

 

しかし、お金を使わない社会になると、

 

お金のために働かなければならないことは一切なくなる。

 

したがって、人々や会社は、本当に人の役に立つ仕事や、社会全体に貢献する

 

仕事を自由に選ぶことができる。

 

 

 

 

 

 

 

例えば、これまでお金儲けのために、

 

単なる薬を混ぜ合わせただけの健康食品を売って暴利をむさぼっていた会社は、

 

まず、そのカラクリを知っている従業員が離れていき、

 

仕入れ業者も原料を卸さなくなっていく。

 

そのようなお金儲けだけに存在していた会社や仕事は世の中からすぐに消えていく。

 

 

その反面、消費者は値段を気にすることなく、安全で、

 

質の高いものを求めることができるようになる。

 

生産者側もコストを気にすることなく、良いものを作ることに専念できることから

 

世の中から粗悪品は少なくなり、環境に負担を与えず、品質が良く、

 

消費者のニーズに合った本当に良いものだけが、次第に世の中の流通の多くを

 

占めていくようになる。

 

 

 

 

 

また、これまで資金不足で活動できなかった、環境や福祉、介護、教育などの

 

活動も、これからは、資金のことは気にすることなく、

 

人々が必要だと思うならば、どんどん進めていくことができる。

 

 

 

 

 

お金が重要な役割を果たしていた社会では、

 

お金を握っている人や会社が、圧倒的に影響力を持っている。

 

会社においては、そこの社長が従業員の給料の決定権を握っていることで、

 

その会社のトップとして君臨できている場合が多くある。

 

しかし、お金を使わなくなった社会においては、この人間関係が大きく転換する。

 

物事を進める力はお金ではなく、その目的の意義と

 

それに関わる人の人望と信頼によるようになる。

 

これまでお金を握ってその影響力に依存していた人や会社は真っ先に影響力を失い、

 

意義のある活動と信頼される人物によって代わられる。

 

 

 

 

 

モノやサービスを売る側と買う側の立場も激変する。

 

これまではお金を握っている買う側(顧客)が比較的強い立場にあった。

 

しかし、お金がなくなった社会では、「ゆずる側(売り手)」、「ゆずられる側(買い手)」

 

双方が対等な立場になる。

 

「ゆずる側(売り手)」には、相手がゆずるべき人でないと判断すれば、

 

譲らなくてもいい権利がある。

 

したがって、お金さえあればいくらでも浪費できた過去とは違って、

 

ゆずられる側(買い手)に信用と適切な理由がなければ、欲しいものは手に入らない。

 

そのため、誰かがモノを大量に独り占めしたり、浪費したりすることは

 

今以上に少なくなると思われる。

 

 

 

 

 

日用品や食料の場合は、それは人にとって生きていく上で必要なものであるから、

 

知らない相手であっても、ある程度その人を信頼してゆずることになるだろう。

 

それが家を建てるとか、自動車や会社で大量の原材料を入手することになると

 

ゆずる側、ゆずられる側、双方の、お互いの理解と信頼関係が必要になる。

 

そうした信頼関係が築かれた後、大きな取引は行われるようになる。

 

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 今、東京では、まだ使えるビルが取り壊され、

 

次々に巨大な高層ビルへ立て替えられている。

 

自分の利益を上げるために、開発業者が行っているため。

 

 もしお金を使わない社会になれば、そのように利益を目的とした事業

 

停止されるだろう。

 

他の多くのお金目的の事業や生産活動が、同じように停止されるだろう。

 

 

 

 

それでは経済が停滞し、失業者が増えるとあなたは心配するかもしれないが、

 

それは無用である。

 

なぜなら、世の中に必要な仕事は続けられ、

 

暮らしに本当に必要な物資は生産され、流通することから、

 

失業しても、生活のために必要なものは手に入り食べていくことができる。

 

 

 

 

 

 

人々の人生やライフスタイルも大きく転換する。

 

人々は、社会に必要とされ、自分がやりたいと思う仕事を探し、

 

その方向に人生と暮らしを切り替えていく。

 

お金を稼ぐためだけに、もはや東京に住む必要はない。

 

(中略)

 

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まとめると

 

①所有が大変になる→自分で管理できる分だけ所有

 

②生産者はコストを気にせず安全で高品質の製品を作ることができ、

 

消費者は値段を気にすることなく質の高い製品を手に入れることができる。

 

③お金を握ってその影響力に頼っていた人や会社は影響力を失う。

 

④ゆずる人(売る側)とゆずられる人(買う側)が完全に対等な立場となり、

 

ゆずる人は相手がゆずるべきでないと判断したら、ゆずらなくてもいい権利がある。

 

という感じ。

 

 

私は③しかイメージできなかった。orz

 

とはいえ②はいいなと私は思った。

 

 

最後に龍人さんのサイトから「お金社会のおかしな常識」を引用する。

 

④の対等な立場のサービス業版といえるかも。

 

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 お金が存在するこの社会では、

 

仕事を頼んだ人が仕事をしてくれた人にお金を払い、

 

仕事をした人が、お金を払ってくれた人に対して

 

「ありがとう」というのが普通になっている。

 

レストランに食べに行っても、料理を作って出してくれた人にお金を払うと

 

店員さんがお礼を言ってくれる。

 

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本来は食べた人が食べさせてくれた人にお礼を言った方がいいと思うが、

 

お金を払うという行為によってその立場が逆転するようである。

 

 

 

お金の社会では、お金をもらうために仕事をするから、

 

お金を払う人のほうが偉くなってしまう。

 

「お客様は神様です」が間違っているとは言わないが、

 

お金の存在しない社会なら、仕事を頼んだ人のほうが仕事をした人より

 

立場が上であるという意識は起きないだろう。

 

 

 

仕事を頼む側も、仕事をする側も、双方がいなければ成立しないわけで、

 

やってくれてありがとう、任せてくれてありがとう

 

というふうに、本来は双方がお互いに感謝の気持ちを表すべきだ。

 

 

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例えば、家庭でご飯を食べるとき、お金のやりとりはないから、

 

食べた人が料理を作ってくれた人にお礼を言うのに、

 

外食では、お金をもらうために

 

料理をした人が食べた人にお礼を言う

 

みたいなことか。

 

確かに落ち着いて考えるとおかしいなこの世の中。