働かなくてもいい社会を  実現するには?

人間が仕事をしなくても社会がまわる現実的なしくみについて書いていきます。

労働から解放される人類

 

今回はロボットが労働に及ぼす影響について、

いわゆる技術的失業の話。

 

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(引用ここから)

 

通信やエネルギー、3Dプリンター、高等教育限界費用をゼロに向かわせている

ITとインターネット・テクノロジーは、人間の労働の分野に対しても同じ作用を及ぼしている。

 

ビッグデータアルゴリズム人工知能、ロボットが、

製造業、サービス業、知識・娯楽部門の全般で人間の労働に取って代わり、

市場経済における仕事から何億もの労働者を解放する見込みが、強い現実味を

帯びてきている。

 

(略)

 

兆しはここかしこに現れていたが、経済が成長している時代にあって、

経済学者はたいてい従来の経済理論への愛着があまりに強かったので、

供給が需要を生み、新しいテクノロジーは価格を下げ、消費を刺激し、

増産を促し、イノベーションを拡大し、新種の職を生む可能性があると

信じて疑わず、私(リフキン)の警告などほとんど聞き流していたのだ。

だが、ようやく彼らも耳を傾けるようになってきた。

 

大景気後退のときに経済学者たちも気づいたのだが、

無数の職が取り返しのつかない形で失われる一方、生産性は記録を破り続け、

生産量は加速度的に増加していた。ーーーただし、以前より少ない労働者で。

 

(略)

 

繰り返しになるが、経済学者は生産性の向上が雇用の増加の原動力だと

ずっと信じてきたからだ。

ところが、この2つは相関してないという証拠は50年以上にわたって

積み重なってきていたのだ。

 

(かなり略)

 

製造業や輸送部門(自動運転車)だけでなく、ホワイトカラー業界や

サービス業界でも急速に労働力を削減している。

 

(略)

 

自動化は、アメリカ人十人につき一人を雇用している小売部門にも深く食いこんできている。

 

(略)

 

自動化に関する一大議論が起こりそうだと私は思っている理由は、

もうひとつある 。

ビッグデータの活用における新しいイノベーションアルゴリズムの精巧化、

人工知能の進化が史上初めて職能の階段を一段また一段とはい上がり、

自動化の攻撃とテクノロジーが原因人員削減とは無縁だと長らく思われていた

専門職にも影響を及ぼしつつあるのだ。

 

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コンピュータはパターンを認識し、仮説を立て、応答を自己プログラムし、

解決策を実施したり、世界屈指の通訳者に肉薄する精度で、複雑なメタファーを

ある言語から別の言語へと即座に翻訳したりするようプログラムされるように

なってきている。

 

(略)

 

ビジネスマンも労働者も旅行者もモバイルアプリを使い、

オンラインや対面で、違う言葉を話す人と難なく会話できるようになるだろう。

高度な教育を受けて高い料金をとる通訳者の大半は、レジ係、文書整理係、

秘書と同じ運命をたどることになる。

人工知能がゼロの労働限界費用で通訳サービスを提供し、

またしても専門職の息の根を止めるからだ。

  

(略) 

 

IT、コンピュータ化、自動化、ビッグデータアルゴリズム

IoT(モノのインターネット)に埋め込まれた人工知能は、

多種多様な財とサービスを生産・流通させる労働の限界費用

ゼロに向けて急速に転じている。

 

大量の賃金労働者と給与制の専門職がインテリジェント・テクノロジーに

ごっそり取って代わられる中、資本主義体制はすでに綻びをきし始めている。

経済学者は恐ろしくて問うことができずにいるが、

インテリジェント・テクノロジーがもたらす生産性の向上が

人間の労働に対する需要を減らし続けると、市場資本主義は一体どうなるのだろう?

 

私たちが目の当たりにしているのは、生産性と雇用の分離だ。

生産性の向上は雇用を増やすどころか、雇用を削減している。

だが資本主義市場では、資本と労働が互いに依存している以上、

給料をもらって働く人が激減すれば、売り手から財やサービスを買う人も

ほとんどいなくなる。

そのときには、一体何が起こるのか?

 

まず、台頭しつつある限界費用がゼロの経済は、経済プロセスというものの

概念を根底から変える。

生産消費者は生産し、消費し、自らの財とサービスを協働型コモンズにおいて

限界費用ゼロでシェアし、従来の資本主義市場モデルの枠を超えた

新しい経済生活のあり方を前面に押し出す。

 

次に、市場経済のあらゆる部門での仕事の自動化によって、

すでに人間が労働から解放され、進化を続けるソーシャルエコノミーへと

移行し始めている。

 

(略)

 

従来の資本主義市場での雇用と比べると、コモンズで台頭している

ソーシャルエコノミーのほうが、次第に多くの若者に自己開発の大きな

潜在的機会を提供し、密度の濃い精神的な報酬を約束する。

 

(略)

 

私たちの基本的な物質的な欲求の多くは、限界費用がゼロの社会では

ほぼ無料で満たされるだろう。

希少性ではなく贅沢さを中心とした経済では、

インテリジェント・テクノロジーが重労働の大部分を担う。

 

私たちがかつての奴隷制や農奴制をまったく信じられない思いで振り返るのと

同じように、私たちの孫は市場経済における大量雇用の時代を顧みることだろう。

生活の大半が協働型コモンズで営まれるという自動化された世界に生きる

私たちの子孫にしてみれば、人間の価値はほぼ絶対的に当人の財やサービスの

生産高と物質的な豊かさで決まるという考え方そのものが、原始的に、

いや、野蛮にさえ思え、人間の価値をひどく減じるものとして

捉えようがないはずだ。

 

(引用ここまで) 

 

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このブログ「働かなくてもいい社会」 を書きはじめるきっかけとなった

技術的失業(シンギュラリティ)。

この対策としてあげられるのは、大きく分けて二つある。

ひとつがベーシック・インカムといわれるものだ。

もうひとつは、ここでも書いたように、あらゆる財やサービスの価格を

無料にしてしまうことだ。

全て無料なら、そもそもベーシック・インカムさえいらない。

 

 楽園主義http://ja.paradism.org/では、

「人が必要とするものがすべて、コンピュータとロボットによって管理され、

生産品が豊富に生産されるようになれば、お金の必要がなくなります。

貨幣制度は、欠乏の状態でのみ存在し得るものです。

貨幣制度の中で生き残ろうとしている経済主体は、

生産の制限、計画的陳腐化、大量消費、保護貿易主義、ライセンス契約

などによって、欠乏の状態を永続させ、高価格を維持しようと

懸命に努力しています。」と主張している。

 

 

つまり、貨幣制度(お金社会)は、希少性に基づいた経済でしか存在できない

ということ。

「少ないからこそ価値がある」というわけだ。

 

ところが生産手段が一部の人が独占するものではなく、

みんながアクセスするものになると、それぞれが自分で生産できるので、

生産手段を持つ人に依存する必要がなくなる。

 

こういう贅沢さに基づいた経済を知ってから、私はどうやったら

この世界が実現できるのかを自分なりに考えた。

 楽園主義では、

「労働はロボットに任せ、人間は好きなことをして過ごす」

と主張している。

では、このロボットを贅沢に使うのには何が必要なのか?

おそらく「エネルギー」だろう。なぜか楽園主義では主張されていないけど。

さらに、生産するのに必要な「原料も豊富に作れるもの」でなければならない。

 

paradism.hatenablog.com

 

 ナノテクノロジーが導入されるまでは、

リサイクルなども含めて、こういった原料を開発・発見することが

大事になると私は思っている。

 

 

無料になった社会については以下の記事を参考にしてほしい。

 

 

paradism.hatenablog.com

paradism.hatenablog.com