読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  働かなくてもいい社会を  実現するには?

人間が仕事をしなくても社会がまわる現実的なしくみについて書いていきます。

インターネットがもたらすあらゆるものの大衆化

 

コモンズは社会に一体どんな変化を引き起こすのだろう?

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

(限界費用ゼロ社会より引用)

 

 

 

新しいコモンズ参加者(コモナー)は、政治的運動の範疇をはるかに超えた

動きを生み出す。

モナーが体現するのは深遠な社会的変化であり、長期にわたって続くと

見込まれるという点で、資本主義時代の幕開けに際して社会を一気に

転換した衝撃にも匹敵する。

 

 

今日では、第三次産業革命の新たなコミュニケーション・エネルギー

・輸送システムのおかげで、

消費者は自ら消費する財やサービスの生産者たることが可能になっている。

 

 

そしてこの新たな生産消費者(プロシューマー)は、世界中に分散し、

ネットワーク化されたコモンズにおいて、限界費用がゼロでしだいに協働したり、

財やサービスをシェアしたりして、資本主義市場の機能を混乱に陥れている。

 

 

現在出現しつつある文化の物語の根底に何かテーマがあるとするなら、

それは「あらゆるものの大衆化」だ。

フリーカルチャー運動、環境保護運動、パブリック・コモンズ再生運動は、

この展開中の文化ドラマの共同制作者だ。

 

 

フリーカルチャー運動の引き金となったのは、

コンピュータとソフトウェアの革命の甚だ営利的側面をビル・ゲイツが露呈し、

ゲイツフリーソフトウェアを窃盗だと見なしハッカー仲間を非難した時だった。

 

 

これに対してストールマンゲイツに対抗して、すべてのソフトウェアは

フリー(言論の自由)であるべきだと主張した。

ストールマンは、ソフトウェアを引き続き流通させ、協働型でフリーにしておく

ための技術的な方法を考えだそうと決め、

誰でもアクセス、利用、改変可能なフリーソフトウェアを開発した。

 

 

ストールマンはさらに、フリーソフトウェアのライセンスの枠組みを作った。

これらのライセンスは「コピーレフト」と呼んだ。

 

 

従来の著作権(コピーライト)が、ある作者による作品を他者が複製したり、

借用したり、複製を配布したりすることを禁じる権利を

著作権所有者に対して認めているのとは対照的に、

 

コピーレフトライセンスは、作者が「作品の複製を受け取る人全員に対して、

複製したり大筋を変えず細かい点だけ変えたり(=翻案)配布したりする

許諾を与え、その結果生じた複製や翻案にも同じライセンス合意を求める」

ことを認めるとしている。

 

 

このライセンスはソフトウェアをフリーでシェアするためのコモンズ確立に

向けた手段となった。

このおかげで、ソフトウェアコモンズに参加する何百万もの人が、

自由に協働する法的手段を得ることができた。

 

 

(かなり略)

 

 

 

インターネットは人間が市場資本ではなく社会関係資本を生み出す場だという

意識が広まりつつあった。

世界中の若者がこぞって仲間に加わりたがり、動画や写真を撮影して閲覧し合い、

音楽情報をシェアし、アイデアや意見をブログにアップロードし、

ウィキペディア上に学術的情報の断片を書き込んだ。

自分のインプットが他のユーザーたちの役に立ってくれることを願って。

 

 

文化のグローバルな大衆化を可能にしたのはインターネット通信媒体であり、

その稼働ロジックは分散型・協働型・水平展開型だ。

このロジックは、民主的な自主管理というオープンなコモンズの形態に

好都合なのだ。

 

 

 インターネットが社会の文化をプロのエリートを中心とするものから

一般大衆を中心とするものへ方向転換している。

文化を作り上げているのがエリートか一般大衆かは、

媒体の性質に大きく依存している。

 

 

 印刷術のおかげで、誰もが自分の考えを書き留めた後に印刷して広く配布し、

他者に読んでもらえるようになり、物を書くという行為が大衆化した。

次に、著作権法が導入されて、自分の言葉を所有が始まり、

史上初めてコミュニケーション・コモンズを部分的に囲い込んだ。

 

 

 

一方、インターネットは境界線を解消し、著作というものを、

著作権によって一定期間保護される自主的で閉ざされた過程ではなく、

時間をかけて行われる協働型で制約のない過程に変える。

 

 

インターネットという媒体の持つ分散型の性質のおかげで、

ジャンル内で、あるいはジャンルを超えて、混ぜ合わせたり、

組み合わせたりする、カット&ペーストする、といった作業が容易にできる。

インターネットの相互接続性や双方向性は協働を強く求め、

「リミックス」文化と呼ぶものを生み出した。

 

f:id:paradism:20151222160949j:plain

 

 (略)

 

リミックスの生み出すグローバルな会話や協働型の文化が

妨げられないようにするためには、

新しいコモンズを開かれたものにしておくための法的手段が必要となる。

 

 

こうして、2001年に非営利組織「クリエイティブ・コモンズ」が創立された。

この組織は、ストールマンに続き、コピーレフト・ライセンス を発行している。

それは「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」として知られ、

文化的コンテンツの創造に関与する人なら誰にでも無料で発行される。

 

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは急速に広まり、

認可された作品は1億3000万点にのぼり、フリッカーだけでも2億点、

youtubeには2012年時点で400万点もの作品にライセンスが付与され、

Wikipediaでは、ライセンスの下、すべてのコンテンツの使用を再認可した。

 

 

 クリエイティブ・コモンズはサイエンス・コモンズも創立した。

研究者によると、著作権特許権が、情報のちょうどよい時のシェアを妨げ、

研究を遅らせ、科学者どうしの協同の研究を邪魔し、

新しいイノベーションを阻んでいるという。

 

 

科学者のなかには、特許を習得するという発想を捨てて、

自らの研究をオープンソースのネットワークにアップロードして、

管理されたコモンズで研究者どうしが自由にシェアできるようにしている。

ライセンスの対象とされるデータのすべてが

パブリック・ドメイン(=著作権特許権で保護されていない状態)に置かれ、

インターネット上で利用可能になるので、

科学者が自分の研究室で行う研究のために制限なく無料で

アクセスできるようになる。

 

 

特許権著作権は、希少性を軸にして構成された経済では成功するが、

贅沢さを核として構成された経済では役に立たない。

しだいに多くの財やサービス無料となる限界費用がゼロの世界で、

知的財産権の保護にどんな妥当性があるというのか?

 

 

f:id:paradism:20151222161203j:plain

 

創造的な作品が、単独の原作者ではなく

長期に及ぶ複数の協働インプットによって提供される方向へと移行するなかで、

オープンソース・ライセンス供与の目覚ましい増加は、

すでに従来の著作権特許権の保護に深刻な問題を突きつけている。

 

 

分散型・協働型の社会では、

集合知に自分のデータを提供している無数の個人が声を上げ、

自らの知識が吸い上げられて知的財産という形で囲い込まれ、

少数の人によって所有され統制されるのではなく、

開かれたコモンズで万人の利益のためにシェアされることを

強く要求し始めている。

 

 

(引用終わり)

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 インターネットが持つ分散型の性質は、協同することを強く求める。

協同するにあたって著作権特許権が邪魔なので、それらを捨てて、

オープンソースでインターネット上に公開する流れが出てきている。

 

ごく一部のエリートだけがその恩恵を得るのではなく、

ごく普通の大衆でも参加できるものがこれからさらに増えていくだろう。

 

ちなみに記事でよく使う画像にも

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスがついているのを確認できた 。