働かなくてもいい社会を  実現するには?

人間が仕事をしなくても社会がまわる現実的なしくみについて書いていきます。

何が幸せをもたらすのか

 
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限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭

限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭

 

 

 
(限界費用ゼロ社会より引用)
 
 
幸福に関する科学的研究は ほぼ例外なく 幸福度は 古典的なベルカーブにそって上下すると結論する
 
度の貧困状態である 人類の4割 が ひどく 不幸である ことは理解できる。
 
 
 
貧しい人々が貧困から抜け出すと 収入や財産、安全が高まるほど幸福度も高まる。
だが 、ここで驚くべき事が起こる。
快適で安全な最低限の生活を痛めるだけの所得水準に達すると それ以上の富の増加は 心の重荷となり、持ち主が所有物に所有される。
 
必要以上の富の増大が不幸につながる理由は、社会的地位が向上することで
他者との人間関係が羨望や嫉妬によって
動かされるものになり、うわべだけのものになる。
 
 
それにも関わらず、こういった人々は
問題は富への執着にあるのではなく、
富が不十分だからと感じて、富をさらに求めるようになっていく。
こうして逃れようのない中毒の悪循環へ
引きずりこまれていく。
 
 
 

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こういった物質主義な価値観を持つ人は
抑鬱状態と薬物乱用に密接な関係がある。
独占欲、猜疑心が強く、他者に攻撃的であったりする。
 
 
(かなり略)
 
 
物質主義がこれほどの害をなすのは、
それが私たち人類を駆り立てる共感という本質を奪うからだ。
啓蒙主義の哲学者たちは、
人間の本性を利己的なものに動かされると描いたのに対して、
新しい科学研究は人間が最も社会性の強い生物と示している。
 
(略)
 
ミラーニューロンを通して他者の感情を自分のものとして経験することができる
この生理的能力こそ、私たちを社会的存在にしている事実は
ようやく理解され始めたばかりだ。
 
 (略)
 
共感に触れる機会を持たずに成長した大人は、他者と関係を築くことができず、
孤立無援になる。
この喪失感を埋めるための代替手段がモノへの執着だ。
物質的成功や名声、注目されることへのこだわりもまた、社会に受け入れてもらう
ための方策となる。
 
 
(略)
 
ミレニアル世代は、同じ集団に属する他の人々に共感を抱き、
相手の立場を理解しようとする傾向が強いという。
 

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(略)
 
共感性に乏しい人ほど物質主義的である傾向が強い。
ミレニアル世代がそれ以前の世代よりも共感性が高いのだとしたら、
協働型のプロシューマーからなる共有型経済は、その本質上、
より共感性が高く、物質志向が弱いのだ。
 
 
(略)
 
 
第一に、貧困は絶望を生むが必要以上の富の増加も絶望を増大させる。
第二に、物質主義は、人々を除外し、恐れを抱く、
不信感に満ちた孤独な存在にしてしまう。 
 第三に、人間の主たる原因は、経済学者が主張する物質的欲望ではなく、
他者との親交の追求にある。
物資的な快適さに対する最低限の要求さえ満たされていれば、
愛情や人との親交にこそ、私たちは幸せを感じる。
 
 
これらの点を考え合わせると、経済を支配する二つの前提に疑問が湧く。
すなわち、人間が人生で最も手に入れたいと願うものはみな稀少で、
私たちの欲望はとどまることを知らないという前提だ。
 
だが実際には、私たちが望むもの、すなわち他者からの愛情、受容、
認知は稀少ではなく、限りなく贅沢なのだ。
 
(略)
 
物資主義を煽る広告業界が突然私たちの日常生活から姿を消したとしたら、
人々から物資主義への執着はたちまち薄れて心の余裕が生まれ、
モノではなくお互いをもとめる気持ちに私たちは再び気づくはずだ。
 
 
 
(引用終わり)
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物資主義vs共感主義みたいな感じ。
これはあくまでも私個人の意見だけど、モノがあふれて余っている時代だから
こういう傾向に拍車がかかっていると思う。
ジモティーだっけ?冷蔵庫とか¥0であげますというのを見たことがあるけど、
本当にモノが所有することが重要ではない時代なんだなと思いつつ、
ゆずってくれてありがとうとも思う。
 
何が言いたいかというと、こういうシェアされるモノとかをうまく使いこなせば、
物資的な最低限の欲求は比較的すぐに満たされるのではないかと思う。
だからこそ、他人に共感を示したりすることで幸せを
追求していくことになるのだろう。