働かなくてもいい社会を実現するには?

地球解放を目的とする組織「レジスタンスムーブメント」の公式ブログ「The Portal」の記事を翻訳しています。

共感するヒト(ホモ・エンパチクス)

 

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限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭

限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭

 

 

 

(限界費用ゼロ社会より引用)

 

限界費用がゼロの社会は、稀少性の経済から持続可能な贅沢さの経済へと

人類を導くことができるのではないかと、私(リフキン)は期待している。

この期待の根拠はテクノロジーにだけでなく、人類の物語の歴史にもある。

 

 

人類史における経済の大パラダイムシフトは、

社会の経済生活を一転させるだけではなく、

人間の意識をも転換し、共感の動因を時間的・空間的に

より広い領域へと拡大して、一段と大きな比喩的家族や相互依存を深めた

社会という形で人々を団結させるはずだ。

 

 

初期の狩猟採集社会では、神話的意識を有しており、

共感の動因が、血縁や部族を超えて拡がることはなかった。

世界四大文明では、神学的意識へと変化し、

共感の動因も血のつながりがなくとも同じ宗教を信じる者どうしが

一体感を持つ架空の家族へと急拡大した。

石炭による蒸気革命では、イデオロギー意識が誕生し、

共感という結びつきを国家全体まで拡大した。

石油による産業革命では、心理的意識へと移行し、

政治的な境界を超えて拡大し、さまざまな共通点から発する結びつき

までを含むものとなった。

 

 

新たなコミュニケーション・エネルギー・ロジスティクス

それに伴う経済パラダイムは、それ以前の意識や共感の範囲を捨てずに残し、

より広い共感の領域の一部にして、より大きな架空の家族へと拡がっていくのだ。

 

(略)

 

人類の旅路における次の飛躍を思い描くことも可能ではないか?

生物圏意識に移行し、共感の対象を拡大して、人類全体を家族とするのみならず、

進化上の家族の延長として仲間の生物たちも含めることができる

のではないだろうか?

 

 

(略)

 

モノのインターネットであらゆるモノとあらゆるヒトを結びつけるのは、

人類史を転換する一大事件で、人類全体が史上始めて、

人間という一つの大家族として共感し合い、親交を持つことを可能にする。

 

(略)

 

そしてその過程で、私たち人類の進むべき道は、

とどまることを知らない物質的成長に揺るぎない忠誠を尽くすことから、

持続可能な経済成長に一丸となって献身することへ移行しつつある。

こうした転換には、生物圏意識と協働の時代への飛躍という

人間心理の変化が伴う。

 

(略)

 

バーチャルスペースでも現実の世界でも相互に結びついた今日の若者たちは、

今なお残るイデオロギー上、文化上、ビジネス上の境界を急速に消滅させている。

(略)

彼ら(若者)が問うのは、

政府であれ、政党であれ、企業であれ、教育制度であれ、

組織や機関がとる行動が中央集中的、トップダウン式、強権的、閉鎖的、専有的

といった性格なのか、

それとも分散型・協働型で、開かれていて、透明性が高く、ピアトゥピアであり、

水平型の力の表れなのかという点だ。

 

 

若者たちが新たに見出だした開放性は、性別や社会階級、人種、民族、

性的指向などによって長い間人々を隔ててきた壁を打ち壊しつつある。

共感という感性は、グローバルなネットワークがあらゆる人々を結びつける

のと同じ速さで、水平に拡大中だ。

さらに生物圏というコミュニティにおいて、

共感の対象を人類だけでなく動物たちまで拡大する方向に動き出している。

 

 

(引用終わり)

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さすが限界費用ゼロ社会の最後の章だけあって

なかなか壮大なテーマである。

著者のリフキンは、まぁこの限界費用ゼロ社会の本を読めばわかるが、

インテリジェント・インフラ(コミュニケーション・エネルギー・ロジスティクス

に始まり、インテリジェント・インフラに終わるといえるほど、

この3つのインフラの重要性をくりかえし説明している。

これがこの記事冒頭のテクノロジーのことだと私は思う。

 

それで、持続可能な「贅沢な経済」に導くもうひとつの要因が

「人類の共感を広げた」ことと主張している。

これは最後にちょっとこの章で書いてあるだけだけど、

すごく大切なことだ。

 

 

paradism.hatenablog.com

 

この過去記事でも書いたように、

外国語を話すのが個人の才能・努力ではなく、

翻訳機を使った誰でもお互いどんな言語でも通じ合えるようになれば、

もっと相手を理解し、よりいっそう共感を持つ対象として見れるようになるかも。

 

 

しかもさらに、生物圏における人類以外にも共感の範囲を

広げていくことができるとも主張している。

これについて私はいろいろ思うことがある。

 

動物に共感を示すとはどういうことなんだろう?

虐殺しない、絶滅危惧種を保護する、動物の生存環境を守るとかだけで

共感を示しているといえるだろうか?

 

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片や、人類が肉を食うために、牛や豚などが殺されているし、

動物園では相変わらずおりに入れられた状態で見世物にされている。

それこそ動物の考えていることがわかる翻訳機が発明されたら

人類はなんて言われるんだろう?

 

私はそういうわけで、動物との共存はまだ始まったばかりで、

これから大事になってくると考えている。